• ストーリー

    1935年5月13日、オートバイに跨り走行中の男が自転車を避けようとして道路を外れ転倒し死亡した。ドーセット州モートンの教会で行われたその男の葬式には多くの人が参列し、銅像も建てられることになった。

     

    新聞記者が故人について参列者に尋ねると、「素晴らしい業績をあげたがよく知らない」、「英雄だが自己顕示欲にまみれた男」、「彼ほど偉大な人物は居ない」と評価は毀誉褒貶相半ばしていた。

     

    1916年10月、イギリス陸軍エジプト基地勤務の地図作成課少尉のロレンスは、風変わりな男として知られていた。アラビア語やアラブ文化に詳しいことから、オスマン帝国からの独立闘争を指揮するマッカのシャリーフであるスンナ派のハーシム家のファイサルと会見してイギリスへの協力を取り付ける工作任務を受けることになり、アラビアへ渡った。初めは不慣れだったラクダも、見事に乗りこなせるようになった。

     

    案内役のベドウィンが井戸から水を汲んでロレンスに飲ませた。そこにアリと名乗る井戸を所有するハダリが現れ、無断で他部族の井戸水を盗んだとして案内人をいきなり銃で殺害する。アリはロレンスには罪はなく、砂漠を旅するのは大変だろうと案内人を買って出るが、ロレンスは断って一人で出発した。

     

    ハイム・ヴァイツマン(左)とファイサル1世
    ロレンスが、ヤンブーにあるアラブ人の基地に到着すると、基地はオスマン帝国軍の襲撃を受けており、ファイサルが懸命に指揮するもののアラブ人は全く反撃できなかった(ヤンブー占領(英語版))。ファイサルと面会したロレンスは、独立闘争への協力を約束する。

     

    ロレンスはヤンブー・マディーナとタブークの中間にある紅海北部の海岸の町アル・ワジュからアラブ人の勇者50人を率いてネフド砂漠を渡り、オスマン帝国軍が占拠する港湾都市アカバを内陸から攻撃する電撃作戦を立てた。アカバの砲台はアカバ湾(紅海)に向いており、内陸からの攻撃には無防備だった。